日本では報道される機会が少ないビルマ(ミャンマー)に関する外国メディアの報道を翻訳して載せています。
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ミャンマーで年内に実施される総選挙に向け、参加に必要に必要な政党登録が6日に締め切られ、ミャンマー民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー氏率いる最大野党、国民民主連盟(NLD)は登録せず、解党した。
NLDの一部幹部は、新政党を結成、選挙に参加する意向を表明したが、別のNLD幹部からは非難も出ており、支持を集められるかどうかは不透明。
新政党「国民民主勢力」(NDF)には旧NLDのキン・マン・スー氏ら中央執行委員4人が参画している。
同氏は、日本経済新聞に対し、「民主化を求める若い世代の受け皿となりたい」と語った。
政党登録には、6日までにティン・セイン首相らが軍籍離脱し結成した「連邦団結発展党」(USDP)など36政党が登録した。
NLDは軍事政権が制定した選挙関連法が不公正だとし、総選挙の不参加を決めていた。
(5/8 日本経済新聞)
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NLDの一部幹部は、新政党を結成、選挙に参加する意向を表明したが、別のNLD幹部からは非難も出ており、支持を集められるかどうかは不透明。
新政党「国民民主勢力」(NDF)には旧NLDのキン・マン・スー氏ら中央執行委員4人が参画している。
同氏は、日本経済新聞に対し、「民主化を求める若い世代の受け皿となりたい」と語った。
政党登録には、6日までにティン・セイン首相らが軍籍離脱し結成した「連邦団結発展党」(USDP)など36政党が登録した。
NLDは軍事政権が制定した選挙関連法が不公正だとし、総選挙の不参加を決めていた。
(5/8 日本経済新聞)
在日ミャンマー人の活動家たちが8月24日の月曜日にHtay Ooが滞在しているホテルの外で、彼の極秘訪日に抗議する集会を行なった。Htay Ooは議会支持の市民組織であるUSDA(=Union Solidarity of Development Association)の書記である。
デモ参加者たちは、Htay Ooが宿泊している東京のホテルニューオータニの前で革命精神を象徴する「闘う孔雀」の旗を掲げた。
旗は警備員に移動を要求されるまで、中国、日本、タイ、ビルマそしてタイのそれぞれの国旗の間でしばらくの間はためいていた。
「警備員は全く気付いていなかった。なぜなら私たちは午前5時に旗を掲げたからだ。彼らが気付いたのは10時になってからで、そこで私たちは旗を降ろした。
しかし、わたしたちはうまくやり遂げた。私たちの行動は議会を混乱させ、彼らの政治的地位に傷をつけるためのメッセージを送るという意味もある。これは軍政の人権弾圧に対する警告でもある」と活動家は語った。
農業灌漑相Htay Ooは、8月20日に日本に到着し、内密に日本滞在を続けた。しかし、我々Mizzimaは彼がラングーンを発つ前から、彼の訪日を報道した。
また別の場所では、少なくとも80名の在日ビルマ人の民主化運動家たちが、
日本の外務省の前でデモを行い、議会メンバーとUSDAのリーダーを日本政府が入国させたことに対する抗議行動を行なった。
同時に活動家たちは、アウン・サン・スーチー氏の即時釈放と、政治犯の釈放も訴えた。
USDAは基本的には大衆を助けるための市民組織として設立された組織ではあるが、ビルマ国内では、反対者や政治的な反対勢力を押さえつけるために現体制によって使われているとして悪名高い組織である。
USDAのメンバーたちは、伝えられるところによると、2003年にアウンサン・スー・チー氏が行なった地方遊説で、Debayinにおいて車列を連ねて妨害工作を行なった。
一昨年9月の、僧侶主導による反政府デモでは、彼らUSDAのメンバーは議会によって、デモ参加者鎮圧のために使われた。
ビルマ軍事政権の最高実力者、タン・シュエはUSDAの後ろ盾であり、来年の総選挙では中心的な役割を担うことになると考えられている。
(8/24 Mizzima News)
デモ参加者たちは、Htay Ooが宿泊している東京のホテルニューオータニの前で革命精神を象徴する「闘う孔雀」の旗を掲げた。
旗は警備員に移動を要求されるまで、中国、日本、タイ、ビルマそしてタイのそれぞれの国旗の間でしばらくの間はためいていた。
「警備員は全く気付いていなかった。なぜなら私たちは午前5時に旗を掲げたからだ。彼らが気付いたのは10時になってからで、そこで私たちは旗を降ろした。
しかし、わたしたちはうまくやり遂げた。私たちの行動は議会を混乱させ、彼らの政治的地位に傷をつけるためのメッセージを送るという意味もある。これは軍政の人権弾圧に対する警告でもある」と活動家は語った。
農業灌漑相Htay Ooは、8月20日に日本に到着し、内密に日本滞在を続けた。しかし、我々Mizzimaは彼がラングーンを発つ前から、彼の訪日を報道した。
また別の場所では、少なくとも80名の在日ビルマ人の民主化運動家たちが、
日本の外務省の前でデモを行い、議会メンバーとUSDAのリーダーを日本政府が入国させたことに対する抗議行動を行なった。
同時に活動家たちは、アウン・サン・スーチー氏の即時釈放と、政治犯の釈放も訴えた。
USDAは基本的には大衆を助けるための市民組織として設立された組織ではあるが、ビルマ国内では、反対者や政治的な反対勢力を押さえつけるために現体制によって使われているとして悪名高い組織である。
USDAのメンバーたちは、伝えられるところによると、2003年にアウンサン・スー・チー氏が行なった地方遊説で、Debayinにおいて車列を連ねて妨害工作を行なった。
一昨年9月の、僧侶主導による反政府デモでは、彼らUSDAのメンバーは議会によって、デモ参加者鎮圧のために使われた。
ビルマ軍事政権の最高実力者、タン・シュエはUSDAの後ろ盾であり、来年の総選挙では中心的な役割を担うことになると考えられている。
(8/24 Mizzima News)